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2023年3月13日からマスク着用は「個人の判断」となった結果は?
2023年2月に「2023年3月13日から、マスク着用は個人の判断とする」と発表されてから約一か月が経ち、ついにその日が過ぎた。そもそも「個人の判断」に変わるというのはどういう意味なのか?これまでも名目は「マスクはあくまで協力のお願い」であり、「協力に応じるかは個人の判断」であったはずだ。今まで、「実は強制だった」ということを意味するのだろうか?と思わざるを得ない。
筆者は既に日本社会が正常に戻るとか、良くなるという希望を持つことについて諦めているため、その予想を悪い意味で裏切ってくれたらうれしいなというくらいで3月13日の変化の様子を見ていた。
相変わらず、大手メディアはマスク装着を継続することを強烈に推奨しているようだ。3月13日の早朝のテレビ番組でも、「3月13日になりました!マスクを外している不届き者は・・・いないようですね!電車に乗っている人たちは・・・皆さん例外なくマスクを付けているようですね!よしよし!皆さん!みんなマスクをつけていますよ!皆さんもマスクを付け続けましょうね!」という内容が放送されていた。
筆者が勤務する企業でも、「皆さん、マスクは外さないんですか?え?私ですか?私は・・・皆さんが外したら、私も外そうかな・・・」と、職場の全員が全員、「私だけがマスクを装着している状態になったら、私も外します」という状態であった。別に全ての行動は自由であり、マスクをする/しないも自由だが、「マスクをすること」自体に意味がなさすぎるにもかかわらず、大多数の人がそのような無意味な行為を行い続けるのは大問題だ。皆さんの周りではいかがだろうか?
日本人は特に自分で考えたり、自分でリスクを取って物事を決めることをしない。企業において言えば、「ここは経営判断が必要」という場面において、例外なく経営陣は経営判断を行わず、なんとなくの惰性に従い、時代の流れに身を任せる。経営者が経営判断をした後、「その結果についての運は天に任せる」というのであれば理解もできる。そうではなく、何の決断もせず、何も行動をせず、さらには何も考えることすらせずに、とりあえず現状維持を継続する、「川の流れに身を任せる」ような経営層が増えたように思う。
正にそれは経営層の地位に就く人間だけの話ではなく、日本社会のほぼ全体がそのような思考停止状態、リスクテイク意識ゼロの状態になっている。
「たかがマスク、されどマスク」の運命の2023年3月13日は、一億層思考停止かつリスクテイク意識ゼロの国民性を表したかのように、ほぼ全員がマスク装着を続ける結果となった。
これを「単なるマスクの問題」と考えるのか、「マスク問題に終わらない深刻な問題」と考えるのかは、今の日本社会が抱える社会的な問題の深刻さのとらえ方によるだろう。筆者は日頃から様々な問題を警告し、警鐘を鳴らしているが、それらの問題の根底にある問題から、「これは単なるマスク問題では終わらない深刻な問題の根深さを表している」と思うのである。
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テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済
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